長期縦走2008(最終章)
最終章 五竜山荘を後に…そして私達はそれぞれの道へ (2008/10 文責 金谷)
遠方から、間の抜けた空気を通過して人の声がしている。五竜山荘にその身を休めたリッチピープルが、いやそんな皮肉は宜しくない、現在の日本を構築した団塊世代以上の人々が、その虚ろな現世を開拓していくように、山へとベールの中を進行しているのだろう。私は、ぼやけた回路を頭に抱えたまま体をふと起こす。昨晩はことごとしかった。矢を射抜いたような鋭角な雨筋と、空を割る脅迫な雷鳴、そしてもはや犯罪的な域にまで到達した臭気をからませる私達のテントを、今にも連れ去らんとするまさに字のごとく狂風が、幾度と無く安眠を妨害したのだ。安眠と言うのは正しくないかもしれない。というのも、企画終焉の足音が子守唄代わりになった眠りに、安眠など無いはずだから。昨日の就寝前、
「明日また雨だったらもう停滞は出来ないので、白馬までは行かず下山しよう。」
と恒太郎さんから下された命。それは命令。まさに運命。それに違命せんとするは私とがっ君。そして晴れという恩命を待つ。
私自身か知己なる身空か、視力0,1以下の役不足な眼球が、その網膜にテントの入り口の隙間を映すと、そこに現れたのは青空のチラリズム。大胆な披露よりも心が震える男性心理を垣間見た瞬時だった。空が青い。AOI。ぶるー。黒でもなく、茶色でもなく、灰でも鉛でもない、青そのもの。そうだ、空とは元来青いものなのだ。そんな常識を忘却していた数日に、私は海馬を疎んでしまった。それでも沸いた感情、都合の良い時だけ現れる、
「ありがとう神様。」
しかしささやかな嬉々の中で、恒太郎さんやまーくー、うし君は「もうこんな時間だし予定通りのコースタイムは無理だから」「午後から雨降るから」「気分はもう下山だし」と下界へのカウントダウンを奏で出している。まばゆ過ぎてその純粋さで全てを拒絶するかのような空の下、事実私には美し過ぎてまともに焦点を合わせられなかったのだが、安らかに身支度を進める。この数日の雨の汁が確実に着床した靴紐を結ぶと、締め付けられるのは足首だけではないことを認めていた。
五竜山荘に下山することを伝え、最後の行程に足を踏み入れる。唐松岳へ続くコースと下山するための西遠見山へのコースの分岐点まで来ると、昨晩私達と同じようにテントを張っていたおじさんがいて、同様のコースを辿るようだ。パーティーは6人になった。唐松岳の方を見据えながら、もう叶うことはない未来に思いを馳せてしまう。それでも諦めなければ。そしてすぐに鎖場が姿を現した。昨日の雨でまだ濡れていて、厄介な其の障害は最後まで私達を引き留めようとしているが、障害が何かを燃え上がらせるとはよく言ったものだ。上りと下り、太陽の下と木々の下、躁と鬱を繰り返しながら私達は下る。
私達が綺麗とは真逆の位置に存在していることに、聊かの疑問も持ち得ない。にもかかわらず、この聡明な空気、減七和音のような魅惑的な音色、眼に映る集約された感激の趣を、潔癖なまでの極度な美しさをもって感受している。時々後ろから「ほんま?」と聞こえ、それに笑う。耳に残存し続けると、honnmaという単なる音が意味を持ち始める。『ロッカーの、隣の人の苗字は本間さん。視線の片隅が捉えると、ホンマ?と言った君の不可思議な関西弁…響く山とテントの対照を、蘇ってはきしむ心の毎日です。』(2008/10月現在の気持ち)
順調に池塘を抜け、五竜岳で亡くなられた方の慰霊碑までも突っ走り、あっという間に下界に触れる位置まで下りてきた。視覚、聴覚、嗅覚でもう感じている。
私達の前方から20人近くはいるであろう年配のパーティーが接近してくるのを、終焉への道のりを踏みしめているのに未だにその実体を掴めていないという、要領を得ない気持ちがちらつくことにより情報として獲得した。私は40年後、この人たちのように山に登ることが出来るだろうか。だって美人薄命と言うから…。あ、それなら君は100歳まで余裕だよって?
私の前を行く恒太郎さんが、丸太階段の強烈な滑りやすさに屈する一歩手前、足を踏みはずしそうになり、それに驚いた私は尻餅をついてしまった。無事かしら、階段。私のケツ圧は罪な奴。再び歩みだそうとした一瞬、今度はがっ君が「Wow!!!」と後を追うようにコケたのである。痛覚という不確かな神経を掻き分けて、一本の管から至福を吸い出しているのだ。仰向きにコケたその一時、視界は全開空漠の水色。君だけのもの。
太陽は相変わらず、ご機嫌だ。
「あ、あれはなんだ?」「鉄の塊が動いてるぞ?」と、山に住む私達が下界の文明と初対面したといった設定、道化なセリフを呟きながら、ロープウェイとケーブルカーの親戚のような風采をしているテレキャビンに視線を下ろす。親戚?誠にそんな不確かな関係だろうか?もしかしたらロープウェイとケーブルカーの稚子かもしれない。身勝手な断定はやめて、一つの乗り物としてのテレキャビンと真正面から対峙するべきだ。誠の君と向き合いたい。
幾人もの観光客や登山客を追い越しなぎ倒しながら、石畳を足早に下る、下る。石畳の堅固さが授与する小気味良い痛みを古傷に感じながら。人工的な一面の石畳と、俗的な人々の群れの中、私達はついに縦走としてのゴール地点であるテレキャビン乗り場に辿り着いた。
「着いた――!!!」
駆け出した速さの最中に、五竜山荘に宿泊したおじさまらしき横顔を通り越したこともこの時は気付くはずもなかった。ゴールという響きは実に愉快で、一つの物語がひと段落したような安堵感を漂わせ、同時に次回へのスタートでもあるという逆説的意味合いを内包している。そのため、縦走の全てや、今までの事柄を考えなければ完全なる歓喜に包容されるはずだが、そうもいかない。ゴールを終着点と訳すならば、醸し出す様相は偏に切迫した何かに変化するように思う。皆にありがとうと叫びたい、握手でもハイタッチでも。しかしそれを制御しようとするシナプスを軸索の終末部から私は放出する。シナプスのもつ意味は「抱きつく」というものでありながら、真逆の指令を込めることになるなんて、その滑稽な切なさに笑える。
テレキャビン乗り場で、この悪魔のような足の臭気を落とそうと、水で洗い靴を履き替えるという無意味な抵抗を試みる。うし君はサンダルを持って来てないために、皆から履き替えられなくて可哀そうと揶揄されていたが、きっと長く共にした山靴を履き替える行為が思い出を放棄するようで耐えられなかったのだろう。うし君は感じやすいから。
そして今来た道のり、山並み、空を振り返る。なんたって振り返ってばかりの人生だから。感無量。
テレキャビンはズンズンとその存在を誇示するかのように前へ前へと飛んでいく。暫くするとプールが姿を現した。水着を纏うボンッ、キュッ、ボンッのお姉様、それとも可憐なJKか、はたまた盲点ついて色香濃厚JJ(塾女)だろうか、男4人の眼光の行く末は。
テレキャビンの終了地点には、右目上から斜めにかけた前髪と、そこから眺める円らな瞳は、力無く世界を把握することが自明であるだろう係員のお兄さんがいた。しかしテレキャビンのドアが開いた瞬間の、生物テロかと思わせるような臭気に彼は遭遇したと予期するも、その眉が波打つことは無かった。その鼻づまりに、いや、優しさに脱帽だ。この人の彼女との一コマを心像に描いてみよう。彼は右側、彼女は左側がいつものポディション。雨の日、傘を忘れた彼女と相合傘、駅に着いて気付くは彼のずぶ濡れの右肩。雨の日には不釣り合いな温かな時間…そんな感じだろうか。
私達はお風呂に入るため地下へと向かった。ここは省いても良さそうだが一応述べておくと、私は女風呂へ、4人は男風呂へ。もしここが町のしがない銭湯ならば、神田川をBGMに石鹸を女湯と男湯の境で渡し合うくだりをやってみたいものだ。若かったあの頃、何も怖くなかった。ただあなたの優しさが怖かった。とこうせつは言うけれど、正確には、若かったあの頃、何も怖くなかった。ただあなたの優しさが(消えてしまったその時の、喪失と絶望を意識のどこかに感じてしまうことが)怖かった、ってか。だけどもう若くない今だって、優しさは怖いものだ。そんなことを考える反面、いや、反面以上に全面に、私にはしなければならないことが、今か今かと浮き上がってきたことを自覚していた。もっと大事なことがある。そう、泣く子も黙る体重測定だ。女湯ののれんを掻き分けた途端に飛び込んできた、いや、無意識に探求していたのかもしれないが、体重計のお出ましだ。それは一般家庭にあるような簡易的なものでプーさんが描かれているようなのだが、それは完全無視してやりすごし、私の凝らした眼の先は、体重を示す針一本のみ。そもそも体重を量るという行為は、一体何なのか。肯綮を当てる解答など到底見つかりそうもない。我々の身体は物質の単なる化学反応にしか過ぎないのか。それならそこに並ぶ机や鏡と大差はないのか。カリウム、鉄、カルシウム。炭素、酸素にリン、ナトリウム。これらの重量測定の延長線上で、一喜一憂している私はまるでピエロじゃない?
まあいいわ。私の勝利は約束されている。なぜならあんなに歩いたわけで、あんなに食べてないわけで。優勝した後の消化試合をしているかのような、高飛車な気分。しかし一つ気がかりと言えば、鏡に映る自分が前と変わっているようには思えないこと…まあ貧弱な視力のせいでぼやけているのだろう、実際はゴボウのような足と小枝のような腕、ひょうたんのようなくびれを手に入れているはずだ。
足をのせる。右足、左足…。
…は?……え?………ん?…………うーんと?……………落ち着いて?……………???すーはー(一度目を閉じて呼吸を整え再び目を開ける)
…………………○×▲□>#●!!!!
乗ったり下りたり、繰り返すこと数回。いや数十回。1グラムも変化なし。人間は悲しすぎると涙も出なくなると言うが、極限の驚愕は発狂をも抑圧する。沈黙…そして私はこの窮地の中で真理を会得した。
「あ、そっか、縦走中に地球の重力変わったんだっけ。私ったら、お馬鹿さん。」
私は意識かすかに、視界虚ろに、体を洗って浴槽につかる。周りには人っ子一人居ない。
は―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――。
人生で一番長いであろう溜息をつく。それは縦走の疲れが鮮やかに流失し、代替に有閑な温かみを手に入れたことと、そして1グラムも体重計が変化を示さないことに対する遺憾の念とを交えた、非常に混沌たる性質を帯びていた。私は浴槽の片隅で体育座りをしながら思考した。さっきの体重計、プーさんのデザインだったけど…プーさんってどんな話だっけ?確か、木の穴に挟まって中の蜂蜜食べ過ぎて出られなくなっちゃうんだよね…ま、あのお尻だしね。…!?まさか、それは私がプーさんばりのお尻だって?そういうこと?つまり体重計がプーさんだった時点で私の敗北が暗示されていたのか。プーさん、いいえ、プーの奴め!かわいい顔してあの子割とやるもんだね!!
お風呂から出ると私は明らかに苛々していた。今までに激怒したのは小4の時机を投げ飛ばして通路を広くしてあげたことと、中3の時硝子を割って風通りを改善してあげたことぐらいで、日頃あまり不快な感触を沸騰させることはないため稀有なこの感情を持て余していた。男4人もお風呂からあがり終えたのだが、私はふと違和感を覚えた。誰一人として体重の話をしていない。私は鬼の形相で(鉄下駄を片手に振り上げて)
「体重減ってた?どうなの!?答えろや!!」
と聞いた。もし減っていたと答えようものなら…。
「え?体重計なんかなかったっす。」
まーくーがぽかんとしながら返答する。ポリポリお菓子をつまみながら。
体重計なんか?…「なんか?」まーくーのその様子に悪びれた気質など微塵もなくそれ故にこの固く握った手の行き場に困惑していた。
「女湯にはあったよ!今持ってくるから計ってみて!!」
そう言って小走りに体重計を取ってくると、男4人の体重測定が開始された。いやむしろ開始させたのだ。恒太郎さん、うし君、がっ君それぞれ定かではないが4キロ程変わっていた。勿論減る方に変わっていたのだ。言わせないで。さらに許し難くはまーくーの7キロ減…。
ふ~ん…殺意ってこういう気持ちなのね。
入浴後、バスが来るまでの間は1時間あったろうと思われるが、滑らかに悠々と流れたその二点間は、それにより記憶に鮮明な跡を残すことはない。言うまでもないが、円滑な流れを作り出したこの負のエネルギーの根源は、先程の絶望的な一連の茶番劇だ。…もう早く忘れよう。どんな出来事も忘れたくないと、また、忘れてしまっていることも忘れてしまうことほど心を亡くす行為はないと思うわけだが、体重変化の有無の一幕は脳内から完全消去だ。ポチッとな。
私達はバスに乗車し、さほど遠くもなかったかみしろ駅に着いた。そして空腹を満たすために皆で昼食を食べに出掛ける。そこから少々歩き横断歩道を一つ越えた所に、一概には言い表せない趣が、純白の光を受けてなお一層に際立っている食堂を発見した。私達の他にお客さんは男性一人。奥さんと喧嘩でもして昼食を作って貰えずに、項垂れて仕方なく来ているのだろうか。入口向って右側に10名分ほどの座敷があり、左側にはテーブルとテレビ、漫画の棚も配置されてある。私達は座敷の方に座り、皆でソースかつ丼を頼む。私とがっ君は並(二人はいつも仲良し)、まーくー、うし君、恒太郎さんは大盛りだ。待っている間、まーくーは久々にディゾン、ガッキーを愛でてるが、何とも陶酔したように引き込まれている。皆はマンガを見たり新聞見たり、ディゾンを見たりしているが、お店の主人のおやじぃがソースかつ丼を持ってきた途端に驚嘆した。そのあまりの大きさに。収縮した今の胃袋には堪える多さだが、貧乏な若者が腹空かせてるからいっぱい食わせちゃる!とおやじぃが意気込んでくれたかも知れない訳で、そんな魂の一杯を無碍にする選択肢はない。縦走中、育ち盛りのまーくー、うし君、がっ君の3人はよく食べていたが、この時もうし君はぺろりと一番乗りにたいらげ、まーくーはゆっくりと味わい、さらに餃子も食べきっていた。カモシカ美脚のリーダーは少し辛そうだ、その細い足ゆえに。皆お腹いっぱい。胸いっぱい。
太陽は、相も変わらず節約という概念を知らない光を降り注いでくれている。喜んでいるようだ。
駅に戻ってくると、体操着姿のJCやDCがマラソンの授業だろうか、かったるそうに屯っていた。待合室で話をするDC達の関心事は、テント内で終始聞かされていた卑猥な下ネタと違い、恥じらいと淡い想いに満ち溢れている。しかしその一方で、三面鏡の前でため息をつく人妻を快諾するのだ、と当て擦るのは悲しいかな三女ゆえ。話を引き返して、まだ無垢な時代に出掛けてみる。音楽室、理科準備室、体育館倉庫。どれが青春の別名だろうか。私は断然、理科準備室がかたいと思われる。フラスコ、ビーカー、顕微鏡。実験室自体ではなく、準備室には疎らに散在するそれらにきっと彼らも誰かとの物語を描写しているのだろうと思われると、その若さに羨望を持って目を傾けた。
どんぶらこ。電車はゆったりまったり進行し、松本駅に到着した。
決起会は笑笑だったので今回はその隣にある魚民に入ると「年齢確認を」と言われるが、私達は身分証明をたまたま所持していなかっために断念せざるを得なくなってしまった。たまたま持っていなかったという偶然と、たまたま年齢を聞かれたという偶然と、それが重複した偶然は、まさに偶然の三重奏のようで、コルテットを成すは、決して偽装しようとしてかけたわけではない、恒太郎さんの眼鏡を装着したがっ君の偶然か。一男一女、あどけない幼な妻を持つサラリーマンのような、はたまた、その眼鏡を顎ラインの下方まで垂らすと「おも~いは、おも~いのままで~♪」と歌いだしそうなchemistry帽子担当の方のようだ。
私達が通された席は10日前と同様だと思われる、入って右手二つ目の区域だ。まーくー、うし君、私はあまり飲み気がないような表情と言動を反芻し、がっ君は今にも堰を切りそうにアル中症状を露呈している。がくがく。恒太郎さんはというと…いつも通りよくわかりません。
「乾杯!!」
がっ君は一人で飛ばす飛ばす。いやがっ君が飛んでる飛んでる。私も羽ばたく為にはアルコールを摂取しなければならない。私は鳥になれるんだ~。空も飛べるんだ~。…しかし今日は泣かないと決めている。今日は人間のままでいると決めている。明日明後日明々後日、一ヶ月後も一年後も、もはや信念にも成りつつある確固とした愁嘆を感じるはずだ、今日の日を想って。それならせめて今だけは、表面的であっても不調和であっても笑うことが、悲しみの底流に抗う術であるように思われた。それに追い打ちをかけて、昼に食べたおやじぃのソースかつ丼が、私の胃の中でやんちゃに暴れているらしく、苦しい。もとは私並みの肉を蓄えた豚さんだったのだ。苦しい。共食い…って言い過ぎでしょ?
カチカチ。ポチポチ。縦走中常に携帯をいじいじしていたうし君は、今夜も変わらずいじいじしてる。君の気持ちを代弁するならば、『変換機能の悪戯を、あんなにも意地悪く感じた小気味良い心拍。もうその段落を、決して押せない防御な自分…だって恋だから』といった感じだろうか。神経的に時間が過去へと向かって歩みだした頃、私達はがっ君ノートにそれぞれ文章を綴った。縦走の記録を創作している。ところどころノンフィクション、本筋はフィクションである。表現することを躊躇せざるを得ない恒太朗さんが描いた絵。ラウンジノートに書いている類の、この日はひと際その筆が精細を放っているようで、それを裏に感じながら書く文章が下の方へ赴いたのも自然摂理だと納得した。
さらにギアが上昇してきたがっ君は、なかなかビールが来ないことに痺れを切らし、恒太郎さんが模写したディゾンの悩殺ショットを手にし厨房へ。
「ほら、こいつは乳出しとるやないかい!?ほんなら、おのれはなんでビール出さへんのや!?こいつはこんなに出してんのに!ほんまありえへんわ!!」
とアルバイトのお姉さんに絡み出したような気がしないでもない。
がっ君以外は皆お酒をほどほどに、私に至っては過去一番に飲まなかったと思われるが、心地よい眠気の訪れを拒否することなくその足を松本駅に向かわせた。途中コンビニに立ち寄るが、店の横で皆を待つがっ君が、いつぞやのエピソードを彷彿とさせる姿勢であったことは言うまでもない。
構内でそれぞれが眠りにつくが、隣が寒い。昨日まであった壮絶な香りが消失し、不可解な密着の眠りがたった一日遠のいただけで胸が張り裂けそうだ。決して大きさの問題ではなく。
早天。晴天。松本駅構内。目が覚めると、そこは底無しのリアルだった。一週間以上も前に居たこの場所の有様や人の雑多、風景は何一つ変化しない条理のはずが、透明な靄で覆われたような全身が、時の経過の現実を鮮明に知覚している。どんなに切ない夜だって、次の日には朝を向かえる。どんなに悲しい夜を過ごしても、申し訳ない細光を拝んでしまう。死亡原因:悲哀、なんて有り得ないはずだから。それでも、昨晩の微量のアルコールの悪戯も相まってこんな心情になっているらしい。
始発に乗り、自分の家をわざわざ通過し馬場へと到着した。もうここまで来てしまうと、静寂で淡白だった淋しさがざわめきの渦にそっと姿を消した。そこへ、
「岳!畠田!!」
とまるでもうろうのような朦朧とした声が、馬場のホームから下りる階段に反響してきた。もーちゃんと監督だ。これは幻覚か幻想か。私以外の皆も同じさまを目にしているといった素振りだから、きっと本物なのだろう。私は無造作に並べられた着ぐるみの様に、極めてわずかな時間突っ立っていた。二人は私達と入れ替わりのように出発する監督企画の『もうろうと行く、二人きりの長期縦走~君とならどこまでも~』の買い出しを終えたところらしい。
うし君は麻雀へ行ってしまった。どうしてこうも別れとは、いつの日もあっけなくそれでいて穏やかなのだろうか。一時のまやかしなんて本当は欲しくなんかないのに。
残された私達4人は馬場から麺珍へ歩いて行くことになった。コースタイムも設定され、小休憩はラウンジで、そこから麺珍亭まではピストンだ。途中緩い上りを通過し、太陽に照らされている対象がコンクリートであること以外、これは縦走と変わらない。
麺珍亭はまだ開いていない。慌てんぼうの月が昼間の虚空に出てきちゃうように、少しばかり早い開店を願いつつ、隣のコンビニで時間を過ごす。
麺珍の店員さんは、小太りで精悍なお兄さん①と、細身で温和そうなお兄さん②だった。お兄さん①は、額から汗をむき出しにして、間髪いれずに麺を湯で、時間を計り、お客さんを呼ぶ。それを受け取りチャーシューなどを盛り付けるのはお兄さん②。端的にそのお兄さん②のイメージを述べるならば、例えば執事とお嬢様の間柄。日頃は「お嬢様」と言って頑なで、二人のときは名前で呼んでと言っても断るあの人。律儀な人。しかし午前0時を過ぎた頃、
執事「零時回った今日は日曜なので執事はお休みです。…抱きしめても?」
お嬢様「いいですよ。」
みたいな。そんな浮かべたまどろみの中を、二人の裂帛な掛け声が横切った。
…うまい。
私達は麺珍での幸福に別れを告げて、再び誰も居ないラウンジへ戻る。すると何処からともなくトランプがやってきて、大貧民やろうと訴えかける。配り手は無論、ディーラーGAKU。がっ君は縦走中、幾度も大富豪になっていたはずだが、なぜだか自他共に認知してしまった大貧民根性が根付いている。まるで大樹が地球に根差すかの如く。岳は地球を救う。それぞれが大富豪に成り上がったり、大貧民に成り下がったりを反復する。両手にはそう、夢いっぱいお腹いっぱい、脂肪いっぱいのキットカッツとホームメイドパイツ、カントリーマームズ(厳密には複数形が正しいだろう)を手にしながら。今日からまた、蓄えの日々が始まる。少し早い冬への身体支度だ。
14時半頃、別れの時。まるで嘘のような本当の別れ。3人ともいい顔してる。バイバイと言ったらもう振り返るのはよそう。
「じゃあね。」
独りぼっちの帰り道。思えば縦走中、一人になることなんてトイレくらいしかなかったため、突如として置かれたこの一人きりの空間から太陽に照らされた周りのざわめきを見渡すことは、ただ視界をぼやけさせることになってしまう。帰宅するまでの間は終始、殺風景な感情を保とうと努め、皆の残像を追って涙に迷おうとする自分を必死に抑止した。
家に着き、片付けを始めた。装備一つ一つを元に戻す過程は、まるでこの企画の出来事を、過去という名の棚に当てはめる、つまり思い出にする準備をしているようだ。縦走中使用していたコッヘル麺珍亭を洗い、そのかすれた文字を、ペンでなぞるように書き直してみるが、しょっぱい水滴が落ちてきてインクを滲ませる。まだ思い出にするには早過ぎて。思い出になんか出来なくて。
その日はなぜか、広いベッドの端っこで、誰も居ない隣の分を確保して、まるでテントで寝るように、体を真っ直ぐにして眼を閉じる。願い事をそっと唱えながら。
「夢の中で、縦走の続きと皆の笑顔に、出会えますように。」
恒太郎君、まーくー、うし君、がっ君へ
最初で最後の澄み切った夕暮れは、甘美で寂寞なオレンジ色。おこじょの愛らしい凝視。雷鳥との鬼ごっこ。ルツボなドライフルーツ。私はキウイが好きでした。布団の半分は優しさで出来ている。「二人乗りしたこと無いのが許されるのは小学生までだよ」ううん、間違ってたね…中学生までは許されていいよね。水晶小屋での僥倖の出会いに頂いたカレーは、私達を黄泉から呼び覚ましました。熊によるブルーベリー摘み。コッヘル上での虫の恋は、まさに命がけの駆け引きと嫉妬と愛憎。G5G4の鋭い岩場は、まるでハードボイルド怪我するぜ?長期縦走の異名をとる大貧民合宿。神の遊びにご用心。がっ君の「手、どこですか?」…え、それは、人類の上腕はどこから連結してるかという解剖学的な話?がくぶる。岳グッズの誕生。まーくーの下ネタの増減の起伏は、精神肉体ともにバロメーター。ディゾンと長刀ガッキー。しかしディゾンはBUNのモノ。うし君のboys loveの激しさといったら言えません。『縦走が初まった』は間違いですよ。距離をおいて歩くから、もうぶつからないから、押し倒されそうなんて言わないで。それ犯罪だから。「死ぬよ」「捨てろ」…恒太郎さんの愛が響きます。
雨が降って、傘をさして、立ち止まって、そっと瞳を閉じてみて。傘に落ちる雨音があの日のテントに落ちる雨音と重なって、蘇ってくるよ。雨の日はあの日の皆に会いにいけます。皆に会える雨の日を、前より少し優しく感じます。確かに景色が見られなかったのは残念だけど、皆の気持ちが周りの景色に分散されないで、逆になんだか嬉しかったりもしました。皆がちゃんと居てくれる感じがね。
鉄下駄云々と、強いと言われてたけど、私だって辛くって涙が出ちゃいそうな時がありました、だって女の子だもん。(え?死ねって?)それでも頑張れたのは、いつも美味しそうにご飯を食べて、輪の中心で笑顔をくれた「靴下がっ君」がいたから、今は泣き友になってしまったけど毎晩熱い夜を提供してくれた「BLうし君」がいたから、今まで企画一緒に行った事が無かったけど実はスケベで頼もしい「食いしん坊まーくー」がいたから、そして、企画しなきゃよかったなんて驚愕発言連発、カモシカのような美しい脚で私達を導いてくれた「CL恒太郎君」がいたから、登り続けられました。本当です。一応唯一のニョだったのに、癒しの言葉一つも言えなくてごめんね。あと痩せなくてごめんね。
あの日々は私の宝物です。本当にありがとう。
すれた空や、なかずに照らせと願っても
冷雨はただただ降り続く。
なれど心がくるおしいほどに
いと、うつくし幸せ感じたそのわけは
出逢えた5人傍にいる、そうそれだけでじゅうぶんだから
ねぇほら空が、嬉し涙の雨に変わるよ。
Money Valley